役割を脱ぎ捨てて、ふたたび森へ還る

1. 始まりは、3歳の小さな背中だった

キャンプを始めたのは、まだ「役割」という鎧をピカピカに磨いていた2013年のことでした。翌年の2014年6月に家族キャンプでデビューした時、息子はまだ3歳。よちよち歩きで、芝生の石を宝物のように集めていました。その背中を見ながら、私は「父親」という役割を全力で着込んでいた気がします。

その後、2015年に聖地ふもとっぱらでキャンプ仲間に出会い、ソロキャンプの味を覚えてからは、あらゆる場所にテントを張りました。
無意識に「デキるリーダー」や「理解ある父」という仮面を、分厚く塗り重ねてキャンプ場に立っていたのかもしれません。

2. 空白の2年と、喪失が教えてくれたこと

2022年、世の中のキャンプブーム(コロナ禍)とともに、私のキャンプ熱はふっと冷めてしまいました。
どこへ行っても人の気配があり、求めていた静寂・非日常が都会の延長線上にあることに、少し疲れてしまったのです。

そして、何より私の心に、大きな風穴が開きました。2022年に母を、2024年に父を亡くしたことです。それは50歳という年齢の節目とともに、自分という人間を根本から見つめ直す、静かで重い転機となりました。

人生の「盾」であり「錨」であった両親がいなくなった時、世界の見え方が変わりました。今まで見えていなかった人間関係の裏側が透けて見えたり、逆に当たり前だと思っていたものの愛おしさに不意に気づいたり。良くも悪くも、余計な「濁り」が消えてしまったのです。社会福祉士としての視点や、ブログ運営者としての自分……いくつもの肩書きを抱えて走ってきましたが、最後に残ったのは、ただの「一人の男」でした。

3. 16歳の息子と、変わらない「五感」の救い

息子は今年、高校1年生(16歳)になりました。アートを愛する彼は、今では大きなヘッドホンで自分の世界を大切に守っています。12歳のキャンプを最後に、家族3人でのキャンプは休止中です。けれど、それは決して不仲ではありません。今でも家族旅行にはよく出かけます。ただ、それぞれが「個」として自律し始めた、健全で静かな距離感なのだと、今は思えます。

そんな中、2024年に久々に仲間とキャンプへ行きました。焚き火の爆ぜる音、夜の土の匂い、冷たい風。ブームの去った後の、あるいはブームの中にいても変わることのない「森の呼吸」が、そこにはありました。

ああ、やっぱり自分は五感を解放してくれるキャンプが好きなのだと、心の底から再確認しました。それは現実からの逃避ではなく、明日を生き抜くための、静かな儀式のようなものなのです。

4. これからの「キャンプ」

これから私が綴っていくのは、単なるギアの紹介やキャンプ場の記録ではありません。現在の福祉の仕事で培った「アセスメント」や「リスク管理」の視点をキャンプに応用した、大人のためのちょっとした知恵です。

体力が変化する50代、どうすれば翌日に疲れを残さず安眠できるか。将来の資産形成を考えつつ、いかに軽やかに森へ出かけるか。人間関係の整理整頓を終え、誰と、どんな時間を過ごすべきか。

私たちは、いつまでも「完璧な父親」を背負い続ける必要はありません。たまにはすべての役割を脱ぎ捨てて、ただ一人の人間として、焚き火の火をじっと見つめてもいいはずです。

結びに代えて

10年以上続けてきたキャンプ。一度は離れましたが、結局私はここに戻ってきました。それは、ここが私にとって最も「素の自分」に戻れる場所だからです。

30代で家族のために始めたキャンプが、50代では自分を癒すためのものになり、60代ではどんな形に変わっていくのでしょうか。その過程を、少しシュールに、そしてこの上なく優しく、記録していきたい。

これから五感を、解放していきます。